2009年1月28日水曜日

栗木駅

栗木に新駅という話があったらしい。
釜利谷街道の上を根岸線が跨いでいるあたりに新駅が考えられていた、あるいは地元から要望されていた時期があるらしい。洋光台-新杉田間は結構距離があるので、駅があっても不思議はないが、今の栗木辺りを見ると、駅があればもう少し発展していたのかもと思う。

開業年

桜木町ー磯子:64年(オリンピックの年!)
磯子ー洋光台:70年
洋光台-大船:73年
私が関内に住んだのが82年、洋光台は83年

根岸線の駅は何区にあるか

桜木町、関内、石川町、山手:中区
根岸、磯子、新杉田、洋光台:磯子区
港南台:港南区
本郷台:栄区
ということで、中区が多いのはわかるが、磯子区も同じ4駅でびっくり

2009年1月26日月曜日

Jack Café





根岸線のeat&drink紹介の第1回がこの店では、根岸線じゃなくてみなとみらい線でしょといわれそうだが、みなとみらい線は最近開通したということで。お気に入りの店なので、ここからはじめましょ。
生のジョッキは飲みすぎるので、この店ではボトルのハイネケン、そして今日はシンプルなフレンチフライwithハインツのトマトケチャップ。
今日はこの店で津野海太郎の「おかしな時代」を読みふける。本を読むにはボトルのビールがいい。たくさん飲むと活字を追うのが面倒になるから。
腰がつらい体には木の椅子はしんどいので長居はできないなあ。ビールのあとは赤ワインをグラスで1杯だけ飲んで引き上げることにしました。
そういえば、今日はいつもいる猫がいなかったなあ、寒いから?お店を出て、少し回り込むとみなとみらいのこの景色が見える。愛を語る絶景。

2009年1月25日日曜日

桜木町駅

最後は桜木町、「ぎちょう」である。
東急の桜木町がなくなったのは寂しいし、個人的には使い勝手が悪くなった、桜木町までの路線があれば、素直に渋谷―桜木町の定期で通っていただろう。東急桜木町駅がなくなって、桜木町で途中下車して、寄り道する回数はずいぶん減ったように思う。最近は野毛のジャズの店にも行ってないし、「三陽」も行ってない。かなり寂しい。
これで、本郷台駅から桜木町駅まで到達した。根岸線は両端の横浜、大船を除くと10駅である。
市の中心部と郊外の住宅地を結び、そしてずっと海岸線よりを走る、都市部を走る路線としては特徴的な路線である。
一応、一通り紹介したので、このあとはお店の紹介や

小田和正「My home town」

根岸線は「海に囲まれれ」というフレーズだよね。本当は”囲まれて”はいないけど、街中を走る線なのに海の匂いがする稀有な存在の路線であることは間違いない。そして、大晦日には船の汽笛が聴こえる街、沿線。
小田和正がこの線を利用していた頃は、市電が廃止されようとしていた頃。
まだ、根岸線の利用客は少なかった頃。
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<歌詞>
ここで夢を見てた。
この道を通った。
出来たばかりの根岸線で君に出会った。
まだ人の少ない朝の駅のホームで待ち合わせた短い時,次の電車が来るまで。
マイホームタウン マイホームタウン
海に囲まれてここで生まれた。
僕らの好きだったあの店ももうない。
あの頃の横浜は遠く面影残すだけ。
マイホームタウン マイホームタウン
どんなに変わってもぼくの生まれた街。
どんなに変わっていても・・・。

あの頃ここはぼくらの特別な場所だった。
今でもここに来れば丘の上ぼくらがそこにいる。
マイホームタウン マイホームタウン
海に囲まれてここで生まれた。
あの頃僕らはこの場所で,う~う,夢を見てた。
どんなに離れていてもまたいつか来るから。

関内駅











関内はずいぶん昔、1982年冬から83年夏頃まで住んでいた街。東京から思いのほか近くて、その頃会社が東京駅近くだったが、通勤時間は50分ほどだった。本当は山下公園あたりに住みたくて、部屋から少し港が望める部屋も見つけたが、狭いし、家賃は高いし、駅からは遠いしということで文化体育館裏のマンションになった。それでも大手マンション業者の物件で、5階で、オートロックのワンルームマンションということで、ずいぶんうれしかった記憶がある。恐らくワンルームマンションのはしりで、ご近所との付き合いは全くなかったが、隣の部屋は子連れのホステスさん?のようで、冷房がないらしく、夏に近くなると表玄関をあけて、網戸にしていたが、ワンルームマンションの網戸がなんとなく哀れな気がした。ワンルームマンションは冷房がないと生きていけません。吉祥寺の丸井で買った小さな自転車がその頃の足で、帰宅後この自転車で中華街に行ったりしていました。
文化体育館裏あたりはビジネス街にも近いけれど、一方で大通りをはさんでドヤ街があり、ここは冬は道路でドラム缶で火をおこして暖をとる光景があったりでびっくりしたものです。この界隈のコインランドリーを大物を洗うときは利用していたけれど、一度出来上がりを待っているときに、着ているものを脱いで洗い出した人を見て、その後はこのコインランドリーは使うのをやめた。結構カルチャーショックだった。
写真はその頃住んでいたマンションと。近くのゴルフ練習場。このゴルフ練習場はその当時も寂れていたが、しぶとくこの界隈では貴重な存在になったらしく、まだ営業を続けている。
関内はいいお店も多い。今後ボチボチ紹介していこうと思います。チャーシューメンの「唐桃軒」、お酒が飲めるお蕎麦屋さんの「さんたて」、スペイン料理の「カサ・デ・フジモリ」、お好み焼きの「元次」、沖縄料理の「がちま家」・・・・。